父親が結婚式をキャンセル…すべてを変えた、50年後に母親の財布の中で発見されたとある「モノ」とは
大学で出会ったジャニス・ルードさんとプレンティス・ウィルソンさんは、お互い一目ぼれでした。カフェテリアで控えめに視線を送り合うこと数週間、2人は動き出します。このクレイジーな学生カップルはお互いにぞっこんで、最終的に婚約するまでに至りました。すべてがうまくいっているように思えた2人の関係。しかし、怒った親が婚約破棄に追い込み、2人は別々の道を進むことになります…。およそ50年後、悲劇の後に2人は再会。しかし「2度目」の今回は、大きく状況が変わっていたのです。
ラブストーリーの始まり
ジャニス・ルードさんとプレンティス・ウィルソンさんは、60年代、まだ何の疑いも持たない大学生でした。カリフォルニア州のロサンゼルスにあるオクシデンタル大学在学中、2人は恋に落ちます。
ルードさんは生物学の学士の取得に励む2年生、一方ウィルソンさんは大学生活に慣れようと必死な1年生。2人はお互いの存在すら知りませんでしたが、ある日ウィルソンさんがルードさんをカフェテリアで見かけます。その瞬間から、ウィルソンさんは彼女から目が離せなくなりました。その時は知りもしませんでしたが、ここから人生に渡る大ロマンスがスタートしたのです。
一目ぼれ
ジャニス・ルードさんとプレンティス・ウィルソンさんが正式に出会ったのは、同じカフェテリアにて。1962年に2人が出会ったのは偶然でした。ルードさんのカフェテリアでのアルバイトのシフト中、ウィルソンさんが食べ物を買いに立ち寄ったのです。
どちらも、お互いがそこにいるとは知りませんでした。お互いの目が合った瞬間、何かかがカッチリとはまったのです。その「何か」は、一目ぼれであったようです。残念ながら、2人ともシャイだったため、一言も言葉を交わさず仕舞い!赤面せせずにお互いを見ることすらままならなかったようです。
大事な教訓を学んだジャニス・ルードさん
2人が付き合う前に、まず2人の過去を見てみましょう。オクシデンタル大学に通う前のジャニス・スードさんは、ネバダ州のレノーで生まれ育った慎ましい少女でした。小さな時から、人生で成功するためには一生懸命努力をするように父親から教え込まれます。
ルードさんは父親を尊敬しており、彼女は成長してもこの父親の教えを大事にしていました。親に大学に行くように言われたことはありませんが、この決断をした際、親はルードさんを応援。彼女にとって、成功とは大学の学位を取得することでした。
すべてが決められていたプレンティス・ウィルソンさんの未来
プレンティス・ウィルソンさんは、真逆の環境出身です。ウィルソンさんは裕福な家庭で育ち、ある程度進むべき道がありました。オクシデンタル大学に入学すると、ウィルソンさんは未来を見据えてカッパシグマ友愛クラブに参加します。
ウィルソンさんの裕福な両親は、息子に高い期待を持っていました。ウィルソンさんは法学部の学生として入学し、すぐに社交クラブのリーダーになります。彼の未来はすでにもう決まっているかのようでした。しかし、それはルードさんに出会う前の話です。
評判をあげていったウィルソンさん
ルードさんと出会う前、プレンティス・ウィルソンさんはすでに大学内でその名前を轟かせていました。黒人学生のジーン・グリスビーさんがカッパシグマへの参加を希望した際、彼の皮膚の色を理由にアメリカ友愛クラブ協会は彼の入会を拒否します。
これが公平ではないと感じたウィルソンさんは、グリスビーさんが参加できるようにと、完全にアメリカ友愛クラブから離れて、オクシデンタル大学のカッパシグマを独立した団体として確立しました。すでにリーダーとして学内で波を作り出しており、ウィルソンさんの大学生活1年目はすでに輝かしいものでした。
仕事中のルースさんを見るためだけに早起きしていたウィルソンさん
一方、ジャニス・ルードさんは、仕事に勤しんでいました。慎ましい家庭出身の彼女の父親は、大学の学費のためにある程度の支援をしてはくれたものの、それでも十分ではありません。残りの学費を払うために、ルードさんはキャンパス内のアルバイトに勤しみ、カフェテリアで働いていました。
この仕事のため、ルードさんは毎日早く学校へ向かいます。この時までは、2人はお互いに面識がありました。ウィルソンさんはルードさんが早く学校にっていることを知ると、カフェテリアで一番に列に並ぼうと、自分も早起きをするようになります。
恋の花が開花する時
ついに、ルードさんとウィルソンさんは、恥ずかしさを乗り越えます。すぐに、控えめな視線の送り合いはちょっとした会話になり、それがちゃんとした会話に発展しました。この出会いを「一目ぼれ」と語るウィルソンさんは、ルードさんを見るためだけに毎日早起きをしていたのです。
「私たちは一緒になるべき運命だって信じていました。ジャニスを初めて見た時のことは、まだ覚えています」と後に報道陣に語っているウィルソンさん。朝に顔を合わせることが習慣になり、ウィルソンさんが現れない日は、ルードさんは心配したほどでした。
毎朝会うことを楽しみにしていた2人
ウィルソンさんの一目ぼれはかなり本気のもので、彼は「毎日、朝6時」にキャンパスのカフェテリアに向かっていました。「彼女に会って、毎日のちょっとした会話をしたかったんです」
ルードさんもこの朝の日課を楽しみにしていたことは、当時ウィルソンさんは知る由もありませんでした。毎朝、カフェテリアの仕事の準備をする際、こっそりウィルソンさんが自分の列に並ぶように祈ります。お気に入りのスポットは、シリアルエリア。ここだと必ずウィルソンさんに出会えるんです。
ウィルソンさんにやる気を出させたルードさん
ウィルソンさんは新入生でしたが、問題なく大学に馴染めていました。法学部の学生で友愛クラブの代表である彼は、普通の大学1年生よりは大分先を進んでいたのです。朝のランニングを行って、新入生にありがちなストレス太りも回避していたそうですよ!
朝のランニングのモチベーションは、その後にルードさんに会うこと。大抵朝のランニング後に、カフェテリアに向かって朝食を食べていたんです。もちろん、ルードさんに会うため。驚きですが、こんな状態が数週間続き、その間2人ともお互いの名前すら知りませんでした!
ルードさんと付き合うチャンスはないと思っていたウィルソンさん
1年生として、すでにキャンパス内では「有名人」だったウィルソンさん。しかし、だからと言って女性を射止めるのに自信があったわけではありません。実際、ルードさんをものにできるとは思っていもいなかったのです!
「僕は自分に彼女とのチャンスがあるとは思ってなかったんだ。彼女は僕より1年上で、とっても美しかったから」と、ウィルソンさんは語ります。ルードさんが同じような感情を抱いていたとは、当時のウィルソンさんは知る由もありませんでした。2人の毎朝の「日課」のお陰で、ルードさんも同じようにウィルソンさんに恋に落ちたのです。会える時間が、毎日たった数分であったにも関わらずです。
名前を知るまでにおよそ1カ月
3.5週間に渡る目線の交わし合いやちょっとした会話の後、プレンティス・ウィルソンさんはついに相手の名前を知りました。ジャニス・ルード。ウィルソンさんが一生忘れられない名前です。ウィルソンさんは、ルードさんにも自分の名前を知ってもらいたいと思っていました。
しかし、実は、ルードさんはすでに彼の名前を知っていました。ウィルソンさんが、友愛クラブに入りたいというグリスビーさんを助けた、という話をすでに知っていたのです。ウィルソンさんの革命的な行いによって、ルードさんはより彼に惹かれていきました。その想いは募って、感謝祭休暇までには、ルードさんは思わぬ行動に出ることになるのです!
残念な結末に終わった感謝祭
感謝祭は、アメリカの学生にとって1年で初めての休暇です。大学は休暇の前にお互いをよく知れるようにと、学生のために感謝祭前のディナーを主宰します。
ジャニス・ルードさんは、このキャンパス内イベントに興奮していました。プレンティス・ウィルソンさんをよく知る機会ということで楽しみにしていたんです。ルードさんは自分のシフトのためディナー中にカフェテリアに向かいますが、何かがおかしいことに気づきます。プレンティス・ウィルソンさんは現れなかったのです。
彼を探し出すためにかなり骨を折ったルードさん
ジャニス・ルードさんは彼がいないことにショックを受けて、ウィルソンさんを探しに行かなければと思います。彼に何か起こったかと思ったんです。幸い、ルードさんはウィルソンさんの友達のひとりに遭遇しました。この友人によれば、ウィルソンさんは家族の元へ行くために早めにキャンパスを去ったというのです。
ルードさんは、彼に会うためなら何でもするという面持ちでした。決意した彼女は、ウィルソンさんの住所を入手。住所を手にして、どうするべきが悩みます。会いに行くべきか?それとも休みが終わるまで待つべきか?
取りあえず行ってみることにしたルードさん
ジャニス・ルードさんにとっては、答えははっきりしていました。だから、彼に会いに行くことにしたんです。キャンパスから160マイル(およそ258キロ)のカリフォルニア州のサンタマリアに住んでいたウィルソンさん。ルードさんは車に乗り込み、そこまで思い付きでドライブしたのです。
彼女にとって、距離は問題ではありませんでした。到着までかかった3時間はあっという間に過ぎ去ります。しかし、一旦サンタ・マリアにたどり着いて彼の家の前に立つと、これからしようとしていることの重圧がのしかかってきました。
それでもドアをノック
ジャニス・ルードさんは、プレンティス・ウィルソンさんの家の前で固まってしまいます。カフェテリアで少し言葉を交わすくらいの人に会いに来るために、ここまで運転してきた自分はかなりおかしいということに気づいたんです。自分が来ることを電話で伝えてすらいません!
この時点で、ルードさんは引き返してしまうと思うかもしれません。しかし、ここまで運転して来たことを無駄にするルードさんではありません!ドアをたたいてどうなるか様子を見ようと決意します。ドアが開くと、目の前に現れた人を見て心臓が止まる思いでした!
ウィルソンさんの家族全員と対面したルードさん
ジャニス・ルードさんがウィルソンさんの家のドアをたたくと、出てきたのはプレンティス・ウィルソンさん本人。ルードさんの心臓はドキドキいって、一方のウィルソンさんは驚きを隠せません。ただ、やはりわざわざ自分に会うためにルードさんがここまで来たことはうれしかったようです。
実際、ルードさんがやって来た時、ウィルソンさんは丁度彼女のことを考えていたのです!気まずい惨事になりかねなかったこの状況は、素晴らしい経験となりました。ウィルソンさんの両親は、ルードさんを感謝祭のディナーに招き入れたのです。すべてがうまくいっているように思えた2人でしたが、そう長くは続きませんでした。
ルードさんのことが気に入ったプレンティス・ウィルソンさんの家族
幸いにも、ウィルソンさんの家族はルードさんを受け入れてくれました。特にウィルソンさんの母親は、すぐにルードさんと仲良くなります。これには2人とも安心させられました。
ルードさんの大胆な行動が、うまくいったのです。素晴らしいディナーに感謝したルードさんは、長居をせずに、3時間かけてキャンパスに戻りました。数日後、ウィルソンさんもキャンパスに戻る予定でしたが、あの感謝祭の夜が2人の関係の分岐点となるとは、当時2人とも気づいていなかったのです。しかし、すぐに状況は変わっていきました。
若く恋に落ちた2人
ウィルソンさんが感謝祭後にキャンパスに戻ると、すべてが変わりました。2人の「片思い」は、交際へと発展していったのです。カフェテリアで数分言葉を交わすだけの日々は、すぐに真剣交際に発展します。
2人はいつも一緒で、空き時間は常に時間を共にしました。何事も、2人を止めることはできません。キャンパス中の人が、2人は付き合っていると知っている状態でした。ルードさんとウィルソンさんがキャンパスに一緒にいる姿が目撃されると、いつもお互いに笑い合っています。この2人は一緒にいるべき運命であると感じたかのように、とあるクレイジーな行動に出ます。
ルードさんにプロポーズしたウィルソンさん
ジャニス・ルードさんとプレンティス・ウィルソンさんは深く愛し合っており、ある日、ウィルソンさんは自分の心に従って一歩進んで、ルードさんにプロポーズすることを決意します。彼が跪いた瞬間、ルードさんは了承するつもり満々でした。
若くて恋に溺れている時には、クレイジーなことをしてしまうこともあります。2人が結婚を決めるまで、たった数か月しか経っていませんでした。話しかけてお互いのことを知り名前を聞く勇気を振り絞るまで数週間も掛け、一緒に過ごした短い時間はお互いを見つめ合うことしかしていません。
新聞で婚約を発表
2人の婚約はとても素晴らしいことです。地元の新聞でも発表されました。決断を下すまで数カ月間しかお互いを知らなかったものの、2人は婚約してこれ以上ないほど幸せです。
時間を過ごせば過ごすほど、お互いのことをより知っていった2人。お互いのことを知れば知るほど、2人の愛は深まっていきました。そんな2人の愛は何物にも邪魔されないように思われましたが…それも翌年の1月まで。ルードさんの父親が婚約のことを知り、これに介入してきたのです。
最終通告を突きつけたルードさんの父親
ルードさんの父親は、娘のジャニスさんが婚約したことを、1ミリもよく思っていませんでした。ルードさんの父親は、「娘はまだ若すぎるため、これは賢い決断ではない」と考えたのです。特に、まだ学位取得前ならなおさらです。
父親は、ジャニスさんに最後通告を行いました。「ウィルソンさんと別れなければ、学費の支払いをやめる」。ルードさんの運命は、彼女の決断に委ねられました。人生の中で最も大好きなものの2つのどちらかを選ばざるを得ない状況になったのです。
重大な決断をしたルードさん
ジャニス・ルードさんは、父親の婚約に対する反応に驚愕します。自分だけの稼ぎでは大学に行くことはできません。しかし、やっと見つけた運命の相手。しばらくルードさんはどうするべきか悩みました。
さらに気まずいことに、すでに婚約は地元の新聞で発表されています。そのため、みんなに知れ渡っていたのです。これを白紙に戻せば、かなりの辱めとなります。ルードさんはこの発表を読み返して、最後の部分に気づきました。「結婚式の日程は未定」。これはただのお知らせですが、今となってはサインのように思えてきました。
夢を追うべきか、自分の心に従うべきか
ルードさんとウィルソンさんは、ルードさんの父親の要求に心を砕かれます。ルードさんにとって、教育はとても重要なことでした。成功を収めるには一生懸命努力する、というのは父の教えです。これを諦めることはできません。
同時に、ウィルソンさんのことも愛しています。そのような感情を経験したことがある人は、簡単にあきらめることができるわけではないということをご存知でしょう。この気持ちですべてが変わってしまうんです。決断は難しいものでした。しかし、ルードさんの母親が、解決策を思いついたのです。
ルードさんの母親の助けでは不十分
ルードさんの母親は娘の大学費用を賄うために、二番抵当を申請することに決めます。これは、娘を愛する人と一緒にいさせてあげたいという思いからでした。
しかし、残念ですがルードさんの母親の努力むなしく、これでも費用は十分ではありません。やはり、夢を追うか、心に従うか決めなくてはいけないのでしょうか?ルードさんは、自分の夢を追い求めるほうが賢いということはわかっていました。辛いですが、婚約を破棄して、ウィルソンさんと別れます。
ルードさんのジレンマが理解できないウィルソンさん
ジャニス・ルードさんは、のちに次のように話しています。「父親は彼に会うなら翌年の1月の学費の支払いを拒否すると言って、私たちを引き裂いたんです。プレンティスと私は、当時の彼の母親のアドバイスに従っておけばよかったんです…。駆け落ちって言うね。私は、大学の学位を取らなかったら、プレンティスが自分より賢い女性に惹かれてしまうのでは…と怖くて。彼は私の苦しみが理解できなかったんです。だから、別々の道に進んで行きました」
ウィルソンさんがルードさんに共感できなかったことが、最後のとどめとなりました。ルードさんは自分の大学の学位を修了して、ウィルソンさんと別れる決意をします。しかし、彼を忘れたことはありませんでした。
別々に歩み始めた2人
破局後、ルードさんとウィルソンさんの人生は、バラバラになりました。生物学の学位を得たルードさんは、家族のビジネスを手伝うようになります。ルードさんの家族は、飛込みボードのメーカーだったのです。ルードさんがシアトルにあるアメリカダイビング協会に殿堂入りしたことで、会社は成功をおさめます。
ウィルソンさんと言えば、オクシデンタル大学卒業後、ハーバードのロースクールへ進学。税理士となった彼は、西海岸に戻ってベイエリアに移り住みました。素晴らしいキャリアの目標を達成した2人。本人たちは気づいていませんでしたが、運命により2人は再び巡り合うことになるのです。
前に進んだ2人
破局後、ルードさんとウィルソンさんはキャンパス内で遭遇することがあったものの、友達として接していました。2人の目まぐるしい婚約は、もう過去の物。オクシデンタル大学卒業後、2人の人生は別々の道へ進んで行きました。
キャリアの目標を達成した2人は、お互い別の人と結婚。47年後、2人とも離婚していましたが、まだ大学以来再会することはありませんでした。しかし、悲劇に襲われた数日後、2人はお互いの人生が再び交わったことを知ったのです。
婚約発表を手元に残しておいた2人の母親
ルードさんとウィルソンさんの母親は、数か月の差で亡くなりました。母親の遺品の整理中、2人ともすべての思い出が蘇るような「あるもの」を発見したのです。
母親が残していた2人の婚約発表の記事を見つけた、ウィルソンさんとルードさん。ルードさんの母親は、なんとラミネートをしてお財布に入れて保管までしていたそうです!ルードさんとウィルソンさんは、別れてからお互いのことをあまり考えることはありませんでした。しかし、この発見によってすべてが蘇ってきたのです。「母親は理解していたんです。母親はわかるもんなんです。それに、私たちも本当はわかっていたと思います」と、2人は語っています。
もう一度会うことに決めた2人
人生の中の特別な時期を思い出したウィルソンさんは、ルードさんに連絡を取ることにしました。ルードさんが合意し、クリフ・ハウスと呼ばれる、サンフランシスコのレストランで会うことに。2010年6月10日、2人は遂に再会します。
47年間で初めてウィルソンさんを見た瞬間から、ルードさんは2人の間に何かがあることを感じ取りました。ウィルソンさんも気持ちは同じ。2人は、すぐに昔を思い出します。再び付き合うようになってから6か月、2人は遂に2度目の婚約!
ついに結婚
今回は、挙式の日を具体的に設定。ジャニス・ルードさんとプレンティス・ウィルソンさんは、2012年8月19日に結婚します。2人はオクシデンタル大学のキャンパスにて、家族、友人、元クラスメートに囲まれて、めでたく式をあげたのです。
「一緒に入れなかったことを毎日悲しく思います。合計で、17,500日ですよ?でも、そんなのどうでもいいですよね」と、ルードさんはインタビューで語ります。この話から学べることがあるとすれば、真の愛はどうにかして実るものであるということではないでしょうか?およそ50年間の時を経て、ルードさんとウィルソンさんは再び巡り合うことができたのです。